Peter Brotzmann 2 Days: SuperTrios 楽日

Peter Brotzmann灰野敬二とJim O'Rourke。ピットイン。
Brotzmannは勿論、O'Rourkeの演奏も結構回数を重ねて聴いてきた。灰野の演奏もそれなりに聴いているはず。ジャズ的に見て、というか、他のジャンル的に見ても、1本のサックス(或いはクラリネット)と2本のギターという組合せは常軌を逸している。目の当りにしたそれは、「だから面白いだろ?」だった。
1stの序盤は、ジャジーな雰囲気もあった灰野。それに遠慮せずに音を重ねるO'Rourke。Brotzmannのサックスもらしく響く。そしてO'Rourkeが両者を見ながら、音の雰囲気を探す。それに反応するBrotzmannの咆哮。灰野はそれを煽るようにギターを掻き鳴らす。これが絶え間なく続く事で、半端ない状態。持って行かれて、落とされる。だけど落とされたところが終わりじゃない。ここからの音の進みがただのアグレッシヴとは違う音楽。
最初の長めの演奏の後、それに比べれば短めな演奏が続く。既に持っていかれているのに、ここでもすぐに掴まれる。あっという間の沸点。ここの凄さは、上がりきったところで3者が同時に音を止めたところ。とんでもないところで止まりやがった。
2nd、灰野は猫や蛇の皮を張っていない三線を扱う。和的な音を持ち込む灰野の裏で、O'Rourkeはアーシーなギター。ならばと、Brotzmannは、国籍らしい音という事でもなく、ただ、Brotzmannらしく響く。そして灰野はヴォイスを交える。ここから、音楽としては灰野の色が濃くなる。その表現にBrotzmannの咆哮も後ろ側になる。すると1stではあまりエフェクトな音のなかったO'Rourkeのギターは、トランシーなノイズと化す。そうすることで、Brotzmannが浮かび上がる。ギターに持ち替えてBrotzmannとO'Rourkeに呼応する灰野。この音楽の終盤は、激しい恍惚から響きの恍惚に変化。
アンコールを行わなかったライブ。でも、「完結した時には必要ないだろ?」って、言われた気分。ヘヴィー・インプロヴィゼーション。だった。