漣弾

昨年の一月だったか、クラシックスので高橋悠治と豊住芳三郎のライブは、個人的にはちょっとしたエポック・メイキングだった。

即興のライブは、演奏者の音楽的スキル(演奏のスキルとは違う)が如実に表れるものだと思うのだけど、対面する相手がいる場合、それを無視するも合わせるも、かなり意識せざるを得ないはず。そこでは、脊髄反射の様に音を出す事が必要になってしまっているように思える。だけどそこでの高橋さんのピアノは即興と言う雰囲気に流されず、考え込みながら音をねじりこんでいるようだった。

なので、また高橋さんのライブを聴きたいという気持ちは持ちつつ、なかなかタイミングが無かった。インプロじゃなくて、クラシックの演奏でもいいから行ってみようかと考えたりもしたのだけど、まあ、高橋さんの演奏の事だけ考えているわけでもないので、時間と共に薄らいでいた。

けど今夜のスーパーデラックス、OHPを扱う三上絵里子という人と高橋さんがMano Vacilanteというユニット名(?)でのセッションという事で、またしてもノコノコとSDLX。



1stはnhhmbaseというバンドの演奏。それが終わって休憩になる時になにやら意図的な電子音。ギターをアンプに向けて置いてフィードバックでもさせているのかと思ったらそうじゃなく、DJブース(?)的なとこを見るとDJ的に音を扱っている人がいる事を確認。休憩の間、その音を使った演奏とでも言えるものが続いていて、これが結構カッコいい。その間にステージ的なところの楽器類が片付けられて、映像の為のスペースが出来上がる。そして1stの時からカウンターの近くに置かれていたピアノの前に高橋さんが座り、OHPのところに三上さんと思われる人が準備する。DJな人の音が止まると同時に2ndが始まった。



高橋さんの位置を後方にし、映像をプロジェクターを使わずに真ん中だけに持ってきたのは高橋さんの演奏する姿を見せる事を意図的に避けて、映像と音だけを意識させるためのセッティングなのだと思う。こういうやり方は映像が面白くないとイマイチなのだけど、2台のOHPを駆使した三上さんの映像には惹きつけるものがあった。ラップトップでCGではなくあえて古い手段を選んでいる事はある種のアンチに思え、だけどその手法そのものを真似る事は容易い。だからここではセンスだけが必要になるのだけど、三上さんの映像はそれを納得させる。色んな小物を扱い、色を扱う。そこには何か共通したものがあって、見るという行為を飽きさせない。特に鮮烈だったのは、エメラルド・ブルーとでもいえばいいのか、その色を扱ったときの印象が強く残ってしまった。こういうアナログという言い方になってしまう手法は、例えばCINEMA dub MONKSや、同じSDLXで見たonnacodomoもなかなか面白かったし、アイディアというのは、何もPCの中にだけあるわけじゃない事を示していると思える。



そして高橋さんは映像を見つめつつ音を連ねる。それはやはり選びながら紡いでいるようで、あまりその姿を確認することが出来なくても、その場で音楽が作られている事がよくわかる。ここには多弁は不要。