Portishead

90年代の半ば、Massive AttackPortishead、Trickyによる、ブリストルサウンドが大きく注目を浴びた。世紀末に向かっている時間と、ブリストルサウンドと呼ばれた音のヘヴィーがシンクロしてもてはやされた。新世紀に対する期待よりも、暗く沈むほうがあの頃の空気に合っていた結果だと思う。

MassiveとTrickyは徐々に失速。セールス的にはMassiveは伸びて行ったかもしれないけれど、『100th Window』以降、『Danny the Dog』というどうしようもないものしか作れず、現在は閉店休業状態。Trickyも『Pre Millenium Tension』の頃までは変名を使ったり、コラボレーション等によって磐石な状態に思えたけれど、『Blow Back』のツマラナサに行き詰まっていると感じ、それ以降、気になる存在ではなくなった。

Portisheadはそれらに比べ、引き際の才に長けていた。2枚のオリジナル・アルバムと1枚のライブ・アルバムを残し、世紀末を前にパーマネントな活動をやめてしまう。それによってPortisheadブリストルサウンドのイコンとして、最も適した存在になった。

だけどそのPortisheadの新作『Third』が店頭に並んでいる。なんとなく腑に落ちない気持ちながらも手にする。

単発な行為に変わってから、Portisheadを聴く事は殆ど無かった。今古い音をあらためて聴くつもりも無いのだけど、ライブ・アルバムの『Roseland NYC Live』でのニューヨーク・フィルとの共演で、ヒップホップの影響の強いビートとクラシックの管楽器との相性の悪さがある種の幸福な終末だった記憶がある。それで終われば、このユニットは完璧なエンドマークを持つ事になったはず。

エレクトロニカによって電子的な音の表現が広がった現在、『Third』にどんな音が詰められたのか、それが個人的な焦点だった。結果的に耳に付いたのはエレクトロな音。ヒップホップを原点回帰し、エレクトロな音を引っ張ってきたように思う。相変わらず陰鬱な音だけど、そのエレクトロな音が間の抜けたものに聴こえるし、エンディングを待たずに曲をブチ切るという手法を同じアルバムで2度も使ってしまっている事も含めて、デモ・テープの様な未完成を感じる。

このアルバムによって既にブリストルサウンドは有効なものではなくなった事を認識させる。もしかしたらそれこそが狙いなのかもしれない。だけどこのアルバムをもう1度聴く時間があるなら、後ろ向きに『Portishead』の「Only You」を聴く。









Portishead 『Third』