鬼怒無月

ソロ、ライブ、鬼怒無月アコースティック・ギター、¥2,500(当然1ドリンク付)。これだけ揃えば行かないわけにはいかない昨夜のクラシックス。もしこれがエレキだったらいかない可能性もあったけれど、アコギというところがいい。特にクラシックスなら、アコギの響きも問題無い。

まずは即興で演奏を始める。この日は即興と作曲されたものをバランスよく配置していた。但し、即興と言っても鬼怒の即興はBaileyのようなフリー・インプロヴィゼーションとは異なり、従来の意味での曲を作り上げるような演奏。だから聴いている立場ではそれが即興なのか書かれたものなのか、演奏後のコメントで知る事になる。二曲目は鬼怒のバンド、Warehouseの曲(タイトル失念)。一曲目二曲目ともに、あまりにも流暢な演奏で少し眠気すら感じる。やばい、と思っていると、本日のゲストという事でなんと松田美緒が登場。こんなメジャーな人がゲストでサクっと来るとは・・・。とは言いながらも、名前は知っていたけれど、歌を聴いたことも無ければどんなスタイルなのかも知らない。興味津々。だけどその前にちょっと長めのMC。

ライブ当日の朝、別所哲也がやっているFM番組に松田美緒がゲストで出ていたらしいのだけど、実はそこに鬼怒もギターで参加する予定だったとか。ところが渋滞により鬼怒は放送に間に合わず、松田美緒はアカペラで歌う羽目になったとか。さらに演奏後のMCでは、一度Wベースとデュオで歌うという企画もあったらしいのだけど、その時はWベースがスタジオに入らずアカペラで歌ったという経験もしていた。松田美緒はちょっとした修羅場をくぐっている。

肝心の松田美緒の歌。いきなり即興で歌う。曲も歌も即興で、アヴァンな方向じゃないというのは珍しい。そんな事が出来るというだけでこの人の技量がわかる。当然、鬼怒はソング・ライクな即興なのだけど、お互いにちゃんと方向がわかっているからこそ出来る。この演奏には少し驚いた。続けてもう一曲、その朝のラジオでやる予定だった曲を演奏。これは松田美緒の書いた曲らしい。特に個性の強い声ではないと思うけど、リズム感や細部のコントロールの聴いた歌声で、かなり得した気分になった。1stの最後はJaco Pastoriusの「3 Views of a Secret」。本当は別の曲をやるつもりだったらしいのだけど、鬼怒本人が自分のソロ・ライブはいい加減な進行をしていると語り、流れ的に予定していた曲から「3 Views of a Secret」に変更したとの事。これが恐ろしく上手い。Jacoのカバーというのはよくあるけれど、オレの聴いた限り最もJacoの曲を理解しているのは鬼怒だと思う。これだけ美しく演奏されれば、Jacoも作曲者として感無量だろう。

2nd。まず手始めに即興での演奏。続いてBurt Bacharachの「What's New Pussycat?」。初めて聴いた曲だと思うけど、初めて聴いたと思わせないのがBacharachの凄いところ。もうこの辺からは、オレは鬼怒の指しか見ていない。そして1stに続いて松田美緒の登場。またしても即興と、作曲されたもの(曲名の紹介無し)を一曲ずつ。松田美緒の、アクは無いけれど情感あふれる歌声は魅力的。スポットライトを浴びる事だけを目的に歌っている人達とは音楽に対する姿勢が違う。来月、大阪でライブをやった後ブラジルに戻って修行を続けるとの事で、鬼怒もその姿勢を見習いたいと言っていた。本編最後はCharlie Hadenの「La Pasionaria」。昨年、芳垣安洋とのデュオの時にもやっていた曲で、ラテンタッチの旋律が美しい。この曲、凄く好きな曲になってしまった。手持ちのCDにこの曲の入ったものが1枚だけあるはずだけど(『The Montreal Tapes - With Paul Motian and Gonzalo Rubalcaba』)、探し出せるだろうか・・・。

アンコールはBacharachの「Raindrops Keep Falling on My Head」(邦題「雨にぬれても」)。タイトルでわからなくても、聴けば誰もが知っている曲。




鬼怒のギターというのは、例えば内橋和久や今堀恒雄といったオレの好きなギタリスト達と比べた時、強烈な個性というものはあまり感じない。それは多分、彼の性格なんじゃないかと思う。いかにも**な音を持たない(出さない)事によって、どんな音でも演奏できるという、ユーティリティーな部分を自分の持ち味にしているんじゃないだろうか。とは言っても、比べる対象が個性的過ぎなので、それに比べればという事なんだけど。

昨夜の演奏は、まずはそのギターの上手さに耳が行く。アグレッシヴな方向の手前まで進んで、それ以上はいかないように押さえ込む。それでも時折アヴァンな音を挟み込んで、ソロという厳しい状況を飽きさせない様に組み立てていた。このバランスの良さは、アヴァンな音が嫌いな人にも受け入れられるだろうし、そういう音に興味を持ち始めた人達の道先案内としても機能すると思う。

とにもかくにも現在、アコギ一本でここまで聴かせる事が出来る人はそうはいないはず。個人的には今堀のアコギ・ソロのライブが見たいけれど、それ以外でここまでのクオリティーを望むのは難しい。