藤井郷子 / Myra Melford

今年最初のライブ鑑賞は、藤井郷子とMyra Melfordのそれぞれのソロとデュオという、またとない機会に恵まれる事になった。『Looking out of the Window』を聴いて以来、ずっとその音に興味を持たざるを得ない状態にしてくれた郷子ねーさんと、つい最近、いきなりオレの中での株が上がってしまったMyra。その両者のソロ及びデュオが聴けるんなんて、これ以上無いという絶妙のタイミングだった。

昨夜の場所は荻窪のクレモニア・ホール。初めて行くハコ。荻窪に行く事すら何年ぶりか思い出そうと思ったけど、思い出したからといって何の特にもならないと思い、思い出す事を止めた。と、そういう事を考えながらクレモニアに向かう。ネットで場所と大体のイメージを掴んでいたので、マンションの一室の様な雰囲気でも臆する事無く入る。受付には郷子ねーさんのハズバンド、田村夏樹氏。料金を支払い、田村さんが開けてくれるドアから中に入る。開演間近の時間だったにもかかわらず、1/3ほどの入りか? さすがにMyraでこれはまずくないか? とか思ったけど、こんなもんかとも思う(最終的には結構入ってたと思う)。クラシック系のピアノ等の個人的な発表会などに使うという感じのところらしく、当然の様に飲食は一切無い上に、入った時から照明は暗めでBGMも流れていない。普段のライブとは違い声を発する人が殆どいない・・・。そんな微妙な空気の中、郷子ねーさんとMyraが入ってきた。



まずは郷子ねーさんのソロ演奏。カルテットやオケのライブでは自分のソロに大きく時間を割くことをしない為、一度こうやってソロでじっくり演奏を聴いてみたかった。演奏は約30分ほどのインプロヴィゼーション。どちらかといえばコードを多用した起伏のある演奏で、ジャズ系の音というよりもクラシック的なニュアンスが強い。ただ、コードとは言っても普通な進行をするわけも無く、「ここで普通にくるとクラだな」と思う流れの時は必ず崩す。もちろんピアノの中をガシガシしたり、プリペアドな音を用いたりして、美しい音が散りばめられていた。

続いてMyraのソロ演奏。演奏者交代の時、郷子ねーさんが外していた譜面台を戻した事からわかるように、Myraは作曲されたものを用いての演奏。といっても、当然の様にフリーな瞬間は多く、『The Image of Your Body』での抑えた音はどこへやら。郷子ねーさんよりはピアノの中をいじる事は少ないけれど、最初の曲で弦の上に何か置いていて、それが親指ピアノのような音で面白かった。全体的に単音でのフレーズが多く、エッジの強さを感じる。そういった意味からも郷子ねーさんよりフリー・ジャズを感じる演奏で、二人の奏者の個性の違いが確認できる。Myraのセットも大体30分程度で、三曲の演奏だった。

そして最後のセットはいよいよデュオのセット。ソロのときは側に捌けてあったピアノを移動し、二人の演奏が始まる。恐らく簡単な打ち合わせ程度で始めたと思われる演奏。フリーの気質を持った二人のピアニストという事を考えれば、場合によっては煩いだけの状態も予想されたけれど、この二人にそんな心配は無用でした。勿論、音はソロのときよりもより激しく、強く、アグレッシヴ。それでもお互いの音を拾いながら、ぶつけ合ったりバッキングしたりして、自由自在に音を紡いでいく。新しくも古くも無い、ピアニストとしてのエゴを使った演奏だけど、ライブという場においては、こういう演奏は効力を発揮する。




よくよく考えたら、ピアノ・ソロという形態の演奏を初めて聴いたかもしれない。ライブのなかで少しだけそういう事をやるようなものはあったけれど、ソロ・パフォーマンスを主眼に置いたものというのは、多分今まで聴きに行ってない。これが、どっかの大きなホールだったりすると二の足を踏んでいたと思うけれど、今回のようなスペースや小さなライブハウスなら、年に一回ぐらいならそういうものもいいかもしれない。



Myraの実物を初めて見たのだけど、なぜかオレの勝手なイメージでは、体の大きい、体重も重めの人だと思っていたのに、実際は背も高くなく華奢な感じで、お顔もSigourney Weaverを思わせる美人でした・・・。

郷子ねーさんがMCで、「初めてMyraを見たのは、ニュー・イングランドに留学していた頃で、その頃師事していたPaul Bleyに『あなたと同じサイズの女性がピアノを弾くので見に行こう』と言われて見にいったのが初めてMyraの演奏を見る機会だった」(内容は間違ってないと思うけれど、実際にはもっと違う言い方だったと思う・・・)というような事を話していて、郷子ねーさんも小さいのだけど、アメリカ人で郷子ねーさんぐらいの大きさだと、すぐに小さいという言葉が出てしまうんだろうな、とか思った。その小さな二人の演奏は、かなりパワフルだったわけです。



もう一つついでに。Myraクラスの人が来るのだから、もう少し大きいところでも良かったんじゃないかと思っていた。そして、来日すると知って、もし都合がつかなければ他の日のライブを見ようと思い、いろいろ情報を探したけれど、昨夜以外にライブの情報が無く、わずか一日のライブの為に来日なんてことも考えられなくて、どういう事なのかと思っていたけれど、どうやら元々ライブをに来る事が目的ではなく、単に観光旅行で日本に来たという事で、それのついでに小遣い稼ぎで一日だけライブをやる事になったようだった(小遣い稼ぎというのはオレの憶測)。そういう状況だから、急遽都合が付いたのがクレモニアだったのかと思っていたけれど、でもよくよく考えてみると、ピアノが二台用意されているライブハウスなんてまず無いわけで、ピアノのデュオという事を考えると、あそこしかなかったのかも知れない。ハコの雰囲気としては微妙ではあるけれど、音も悪くないし、時間制のレンタルホールなので、必要以上の長さのライブにならないという利点をあわせ持っている。