ICP Orchestra

一応フリージャズとかインプロヴィゼーションとか、そういうものが好きな方なので、ICP Orchestraの名前ぐらいは知っている。CDもHat Hutからリリースされているやつを1枚持っているけど、どんな音だったか覚えていない。そのICPオケが24年ぶりに来日し、ライブを行うと知ったのが9月下旬で、とりあえずチケットを手に入れ、その間に予習の為に『Weer Een Dag Voorbij』という新譜を買ったけど、あまり面白いと思えなくて1度しか聴かなかった。

なので昨夜のピットインでのライブには、さほど期待してなかった。元々オーケストラ編成のものは苦手だし、CDもちゃんと聴いてないし。だから、なんとなくフリー・インプロヴィゼイション的なフリージャズだろうと思っていた。ここまで期待してない状態なら見に行かなければいいと思われそうだし、実際、オレも他の人がそういうこと言ってたら「行かなければいいんじゃない?」と言っていたと思う。だけど内容よりもMisha MengelbergとHan Benninkの生の演奏が聴ければ、それだけでもオレにとっては価値があると思って見に行ったライブだった。

ここにも何度か書いていると思うけど、オレの最も好きなミュージシャンの1人がEric Dolphy。Dolphyの『Last Date』に入っている「You Don't Know What Love Is」を聴いてそこからジャズを聴きだした。その『Last Date』のピアノがMishaで、ドラムがHan。さらに、Dolphyと同じぐらい好きなミュージシャンがDerek Baileyで、とりあえずCDのカタログ上の共演暦は無いようだけれど、MishaもBaileyとの演奏を行っているし、Hanに至っては、Baileyのもっともお気に入りのドラマー。オレはDolphyは仕方ないにしても、Baileyのライブも見れていない事が大きい後悔で、だからそれを補う為にMishaとHanの演奏だけは生で聴くチャンスが欲しかった。その念願かなって、しかもICPオケという形での共演なので、2人まとめて聴くことができる。



現在のICPオケがどれぐらいの注目があるのか全然知らない。フリージャズとかアヴァンギャルドとか、そういう言葉に弱い20歳代〜30歳代の連中(当然オレも含まれる)が、一応その界隈ではビッグネームなICPオケを見てみるかという感覚で、ギリギリ座席が埋まるぐらいの人数が集まるのだろうとか考えながらピットインに向かう。「20人ぐらいは開場前に集まっているのだろうか? でも月曜だし10人ぐらいかも」と思いながら地下への階段を降りて少し驚く。40人以上は開場待ちな状態。人気ユニットのライブの時みたいだった。そしてさらに驚くのは客の年齢層が高い。50歳代、60歳代と思わしき人たちがかなりいる・・・。「ICPオケはオランダのミュージシャン主体だから、インプロな方向に行かなくてもヨーロッパ・フリーな音だよな。それをこの年代の人達が見にきているのか? もしかしてこの人達、かなり年季の入ったゴリゴリなインプロ好き集団なのだろうか? オレなんかがICPオケ見に来るなんてまだ10年は早いと思われているんじゃないだろうか?」と、頭の中で妄想を膨らませながら開場を待つ。結局開場までに60人ぐらいは集まっている感じで、席もいつもの後方座席は撤去されて立ち見が多く入れるような状態に(オレは一応席を確保できた)。ドリンクもいつもは入り口でメニューを見ながら1人1人に注文を取るのだけど、昨夜は満員時に使う「お好きなものをとってお席にどうぞ」状態。なんか普段は決して味わえない、独特な雰囲気の中で開演を待つ。



今回(現在?元々?)のICPオケは、オケとはいってもテンテット状態。なのでそんなに身構える必要は無かった。開演時間から程なくして管楽器奏者が何人か登場し演奏を始める。ちゃんとしたモチーフがある演奏で、コテコテのジャズではないけれどそんなにフリーな演奏でもない。続けてヴァイオリン等のメンバーが登場し、同じように短めの演奏。オレが勝手に思っていたほどフリーな展開に至るわけでもなく、割と聴きやすい類の演奏だった。そしていよいよ御大のMishaとHanが加わり、フルメンバーでの演奏が始まった。「ここからドシャメシャな展開か?」と勝手に思っていたけれど、ちゃんとアンサンブルするし、譜面もキチンと揃えられていて演奏に破綻がない。アグレッシヴな音も方々から聴こえてくるけれど、それが外すわけでもなく、キチンと演奏に収まっている。そういう演奏が続いていたけれど、各々がタクトを振って演奏者に指示を出し、それをこなしながら演奏を進めるといった演奏もあった。けれど、これもある程度用意されたものだったらしく、譜面を見ながらの場面も多かった。

なんとなく意外な気持ちの状態で1stセットは終わった。もしかすると2ndは違う展開なのかもしれないと思っていたけれど、結局1stと大差ないものと言える。

ある意味期待はずれだったという事にもなるのだけど、実はこれはこれで結構楽しめた。海外のジャズ・アヴァン系のミュージシャンの演奏で、「楽しい」という感想を持ったのは初めてだった。オレの勝手な期待と予測は見事に裏切られたけれど、楽しかったのだから文句があるはずは無い。そして、予想以上に年配の方々が多かった理由もわかった気がした。多分ICPオケは、昔からこういう演奏だったのだろう。だから24年前に来日した際、そのライブを楽しんだ人達が再び集まって来たんじゃないだろうか?




それで肝心のお目当ての2人はどうだったか?というと、Mishaは思ったよりスイングするピアノを弾いていた。ICPオケはあまり聴いていないけれどMisha名義のものは少しは聴いていたので、それらの印象でもスイング感があるものもあったけれど、それはそういうコンセプトのものだからなのだろうと思っていたけど、ICPオケのコンセプトにも、そういうジャズの伝統の部分を混入する事を狙っているのだろう。だから多分、予想よりもジャズっぽい演奏だったのだと思う。

そしてHan。昨夜は彼が最も印象的だった。何が印象的だったかといえばもちろんその演奏なのだけど、ライブの前にちゃんとステージを見ておけば、初めからわかっていてその演奏を聴けたと思うけど、知らずに聴いていたのもよかった。何の事を言っているかといえばHanのドラムセットの事で、昨夜のHanのドラムセットはスネア1個だけだった。他のライブでもそうなのかどうか知らないけれど、とにかく昨夜はスネア1個。他にパーカッション奏者がいるわけじゃない。ドラムはHan1人だけ。それがスネア1個。確かに1stセットの時にも、えらくシンプルなセットを使っていそうだなと思った。バスドラとシンバル、ハイハットが無いのは見なくてもわかる。が、休憩中、どんなセットを組んでいるのだろうと思ってステージを見たら、、、スネア1個。これよりシンプルなドラムセットはおそらく無理。と思ったけど、もっとシンプルな方法もあるなあ、と、Hanがスネアすら叩かず床に座り込んで、その床をたたき出したときに思った・・・。そのうちこの人、ブラシも持たず、スティックワンセットだけで演奏に現れるんじゃないだろうか・・・。とにかく、そういうセットなので通常のドラムセットに比べれば多少音の種類は少ないけれど、ブラシも上手いし、バスタオルをスネアにかけたり、足でカバリングに触れて音を調整したりと、スネア1個とは思えない多彩な音色を出していて、それだけでオケの演奏を支えているという事はやはり凄いと言ってもいいんじゃないだろうか? そしてスネアを思いっきり1ショットで叩いた時の音の大きさは尋常じゃなくて、こんなに強いスネアの音を聴いたのは初めてだった。

他のメンバーでは、Tristan Honsingerも少し聴いていたので興味深かった。ヴァイオリンやベースがアルコの時には少し音色の聴き分けが難しかったけれど、自作曲の冒頭のソロはカッコよかった。

さらにそれ以外のメンバーでは、かろうじてMichael Mooreは知っていたけれど(映画監督ではないです)、残りは全然知らない人達。でも、それぞれいい演奏をしていたと思うし、普通の顔して少しふざけた感じの和気あいあいとした雰囲気も悪くない。