恐山 / 坂田明

恐山2Daysの二日目は、坂田明を加えた+1編成。『およばれ』『かなしい』セッションのシンプルバージョンといったところ。坂田が加わる事によって鉄壁の布陣がどう変化するのかしないのか、が、聴き所。

その坂田が持ち込んだものは、やはりフリー・ジャズの要素だったと思う。恐山だけの前日には、(フリー)ジャズ的な要素は殆ど見当たらなかった。それが、坂田が加わる事によってジャズの要素が加味され、単純に音数が増える事による効果もあるけれど、混沌とする部分はより混沌とした状態になる。但し、吹き捲くる坂田の音色は凛としたものがあって、どろっとした音にならない。さすがにJim O'Rourkeは、前日ほどブチ切れた状態にはならないけれど、坂田の音に共鳴する瞬間があって、それが昨夜のハイライトだったと思う。

それにしても坂田、齢61であそこまで吹き捲くるか。自分が吹き終わった後、O'Rourkeをじっと見つめて、その音に感心した様子を見せていて、決して今まで作り上げてものだけの中で音楽を続けていない姿勢は尊敬に値する。




(昨日の続き)O'Rourkeはエクスペリメンタル音楽界のプリンスと言われる存在で、Gastr Del Solでロック界に名を知らしめ、その後のSonic Youthへの参加によって、より名を知られる存在。そのO'RourkeがSYを脱退したのは、日本に来て、日本の文化(特に映画)に触れたいという事らしい。そのため現実的にSYで活動を続ける事が出来なくなった。そこまでして日本に拘ったO'Rourkeは、だから日本に馴染む為にちゃんと言葉を覚えるという事をしているのだと思う。外国から日本に来て働くという人も多々いるだろうけれど、殆ど日本語が喋る事の出来ない図々しい態度でデカイ面している輩と、O'Rourkeのように言葉を覚えてコミュニケーションを取るという人には親しみを覚える。

でも、O'Rourkeや、昔一時期日本に住んでいたJohn Zornとか、こういう人たちが日本に惹かれる部分というのは、いったいどういう部分なんだろうと考える。恐らく彼らの琴線に触れた部分というのは現代の日本の文化ではなく、昭和の頃の、より猥雑な日本の大衆文化だと思う。そこに彼らが惹かれたとすれば、現在の日本の大衆文化にそれがどれぐらい残っているか、内側からはわからない部分だけに、それが意図的にやらなくても引き継がれている様なものであれば、そこが日本という場所の個性なのだろうと思う。