巻上公一

Tzadikから出ていた前作『Koedarake』は、タイトル通り声だけで作られたアルバムだった。その歌唱スキルの高さは、同じようにボイス・パフォーマーと呼ばれる連中のなかでも、ユーモアを伴っているという点において、特筆される存在として認識できた。

ただし、『Koedarake』をアルバム1枚聴きとおすのは結構大変だった。オレは2回ぐらいしか通しで聴いていなくて、普段は何曲かを時々ピックして聴いていた。

今回発売された『月下のエーテル』は、今、最も注目に値するDoubtmusicからのリリース。今回もアナーキーなジャケットで、主催の沼田氏自ら「弱小レーベル」という割にはお金のかかりそうな事をやっている(そこがこだわりなのだろう)。



月下のエーテル』では、巻上の声に加えて、この間のセッションで見たテルミンを加えている。「このままいくとニューエイジ」というギリギリのところも、テルミンの暖かい電子音はそれを回避していく。音の空間を支配してしまうベース音や、音楽の方向を決定付けてしまうリズムがいない事によって、隙間の多い、自由度の高い音になっている。

巻上の唱法は、世界各地の民族の持つ伝統に触れながらごちゃ混ぜにし、自分のスタイルを築き上げている。それは圧倒的なボーカリゼーションによる脅迫的な歌とは違い、ユーモアを伴ったもので、それが静寂や既視感と交じり合って、新しい音に昇華されている。