Cassandra Wilson

オレは結構わかりやすいぐらいにM-Base世代。なので、Cassandra WilsonはSteve ColemanのFive Elements時代からずっと聴いている事になる。M-Base派の頃から、当たり前のように既成のジャズ・ボーカルスタイルではなく、変拍子を多用した、一風変わったファンクと言える音の中で彼女の歌を聴いていた。Cassandraは、M-Base派の中でも、誰よりもソロ指向が強かったのか、その頃からソロアルバムはいくらか出ていて、M-Baseの音楽性を取入れ、それをもっと一般にアピールするようなスタイルが当時のCassandraの音だったと思う。それら一連の作品は、M-Base派御用達のJMTというレーベルから出ていたのだけど、それが突然、日本のDIWからCassandraは新作を発表した。その作品『Dance to the Drums Again』は、それまでの音を総括し、さらにM-Base派に希薄だった黒い音がすり込まれたとでも言えばいいか、とにかくそれまでの彼女の音で最も優れた音だった。DIWからアルバムが出た経緯はわからないけれど、結局それは単発に終わり、その時は想像もしなかったブルーノートへの移籍という、現在のCassandraの知名度につながる出来事があった。

そしてそのブルーノートから発表された『Blue Light Til Down』は、『Dance to the Drums Again』までのM-Baseの音を完全に払拭し、それまでで最もジャジーで、もっとも黒い、深い音へと変化していた。ブルーノートという、ジャズのイメージの殆どを背負っているようなレーベルにおいてCassandraは、やはり安直なスタイルを選ばず、すでにジャズとかそういう範疇ではなく、アフロアメリカン・ミュージックの、最も優れた表現者になったと思った。続けて発表された『New Moon Daughter』も『Blue Light Til Down』に並ぶ傑作で、『Dance to the Drums Again』からの3作は、大袈裟じゃなく、Stievie Wonderのあの3部作に並ぶだけのものを持っていると思う。

その後も続けて良作を発表しているけれど、あの3作に比べて、若干オレの興味を引くものではなかった。それは彼女が作り上げたスタイルを継承した音ではあるけれど、何かとてつもないものが生れ落ちてきたと感じたあの3作に比べれば、緊張感という点で譲ってしまうものだったと思う(その分聴きやすいけれど)。

そして今年、約2年半ぶりになる新作『Thunderbird』が発表された。これはCassandraというシンガーのこれまでの歩みの中でも、一つのターニングポイントになりそうな作品だと思う。それは、ここにきて彼女は初めて打ち込み的な音を使い出してきた。今まで、恐らくそういった音は殆どなかったと思うけれど、今作はプログラミングされた音に加えて、人力のリズムでさえ、打ち込み的な音に仕上げているものがあって、彼女の一連の作品に比べれば、相対的に、打ち込みというタームを多用したくなる。それだけ、Cassandraがそういう音を使ったという事に、オレ個人は驚いている。そしてその最大の効果は、彼女の音が、現代的なR&Bやソウルといった音楽を聴く事と大差なく聴く事が出来るようになった事。Cassandraにとっての冒険は、結果的に今まで以上のポピュラリティーを得る可能性を感じさせるもの。そうなった事は不思議な気持ちもあるけれど、オレはこれを、ジャズ・ボーカルやブルーズといった音を好まない人に聴かせる事に、遠慮は無い。

もちろん、そういう音だけではなく、例えばあのMarc Ribotのギターとのデュオなんていうものもあるし、今までのようにブルージーな音もある。そういった多種のスタイルが詰め込まれた今回のアルバムは、音の統一感は足りないけれど、新たな方を向いて音を作り上げようとする意思で、この過渡期的な音すらも、十分に魅力的なものに仕上げている。




ブルーノートは大分前からEMIの傘下にあるため、ここのところは当たり前の様にCCCDだった。ところが今回は国内盤や店頭にある輸入盤共にCDDA。と言っても、EMIが性根を入替えたわけではなく、Little WilliesなんかはCCCDのまま。

まあ、とにかくこうやって、CCCDが少しずつでも減っていくことは喜ばしい。